建築再生日記

建築を見たり読んだり聞いたりして、考えたことを記録するメモ帳

形の合成に関するノート/都市はツリーではない

C・アレグザンダーを知ったのは、学部4年生の時に指導教官から「パタン・ランゲージ」を勧められたことがきっかけだった。その内容は、都市を成立させる「パタン」を言語のように組み合わせることで全体のストーリーを紡いでいくというものだが、そのアイディアの源泉は本書に納められている彼の博士論文である。

 

本書の内容を要約すれば『デザインの課題には構造が存在し、その構造を可視化して解くための抽象的な思考の道具としてダイアグラム=パタンが有効であることを数学的なアプローチに基づき見出した』といった感じになるだろうか。ダイアグラムのアイディアが初めて提出されたのが「ノート」で、ツリーとして描かれていたダイアグラムは、「都市」においてセミラチスが本当の姿であると修正されている。

 

数学的なアプローチが取られた理由は、コンピューターの技術により飛躍的に成長した計算機の処理能力と、ピタゴラス的(この美しい世界はシンプルなルールで記述できるはずだ)・プラトン的(目に見える世界の奥には本質的な世界が潜んでいるはずだ)な視点で世界を記述したいという西洋的な欲求に親和性があったからだと思う。彼が数学をバックグランドにしている点も忘れてはならない。

以上から僕なりの本書に対する理解をまとめれば、「数学的思考とコンピュータという20世紀の技術で、西洋的価値観にもとづく都市像を描いたもの」ということになろうか。建築の本としてはかなり抽象的な部類に入ると思う。

数学をもとにした抽象的なアプローチや、ツリーやセミラティスというシンプルな構造で世界の深層を記述する様は魅力的に感じる。それは柄谷行人はが「隠喩としての建築」で指摘するように「建築への意思」が希薄な僕たち日本人(というか東洋人)にとってどこか憧れを感じさせるものなのかも知れない。彼らが東洋の神秘に憧れるように。

抽象的な世界の記述が美しい一方で、そのような志向そのものはピタゴラス的・旧約聖書的なある種の信仰のようなものに由来している、というのが柄谷の主張である。同様の指摘は村上陽一郎の「近代科学を超えて」にも見られるし、ぼくもそう思う。それに、住宅ひとつつくる場合でもプログラムを構成する不適合要素は無数にあると思われるし、それらの優先順位や寿命は千差万別だろう。そういった限界についてもアレグザンダーは自覚的だったのだろうか。

 

視点を日本の建築家に移すと、抽象的という言葉が誰よりもしっくりくる篠原一男もまた数学の出身である。施主も敷地も関係なく抽象的な建築の本質に向き合おうとする姿勢は数学に取り組む学者と似ていなくもない。ちなみに白井晟一もどことなく同じような空気が漂う気がするのは、哲学の抽象的思考がそうさせているのだろうか。哲学と言えば、ダイアグラムのアイディアは構造主義とも親和性があるように思えるのだけれど、「ノート」が書かれた時期は構造主義が台頭してきた時期と重なっている?もしくはダイアグラムの手法は柄谷行人に言わせれば「形式化」そのものではなかろうか。

数学出身の篠原一男が抽象的な建築をつくりつつもアレグザンダーを参照することは(ぼくが知る限りでは)なかった一方で、次の世代の安藤忠雄は、篠原一男の影響を随所に受けながら建築をつくるアプローチは機械による計算よりも人間の感性に頼っている。少し年下の内藤廣は人間の感性を最後の砦としている点は安藤忠雄と共通しているものの、コンピュータのさらなる進化がもたらす、土木・都市計画からインテリアまでスケールを横断して空気の流れを扱える未来を想像している。

さらにその次の世代になると今度は青木淳が「ノート」を名指しで批判して乗り越えようとする。青木淳は「はらっぱと遊園地」の中で「ルールをオーバードライブさせる」という仮説を提示しているが、これはつまり「あるデータを入力すると、あらかじめ定めたルールに従って自動的に何かが展開し、結果のデータを出力するシステム」という本来のIT用語でのプログラム的な建築だと言えないか。自動生成される建築。だが、自動生成のルールに根拠はない。

話の脈絡がなくなっちゃうけど、これを書きながら、「アレグザンダー的なプログラム」と「青木淳的なプログラム」を同時に走らせているがレムコールハースなんじゃないかと思ってきた。ダイアグラムは根拠不在のルールをマンハッタンのビル並みに自動生成させた結果である。その先にいるのがSANAAということか。

 

本書は1964年に発行されているが、2年後の1966年に発行されたベンチューリの「建築の多様性と対立性」ととても似通った空気感を感じる。これを考えだす時間もないので今回はこの辺で止めておき、またそのうち考えよう。

 

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