建築再生日記

建築を見たり読んだり聞いたりして、考えたことを記録するメモ帳

新建築2021年5月号

日本女子大学 百二十周年館は1階の過半をピロティとすることでキャンパス全体をつなぐような建物としつつ、地下に設けたパティオが新たに集まる場所を提供している。杏彩館は最低高さを満たすためのヴォールトが通りから見た時の特徴的な立面を作る。なんてことは無い操作に思えるけれど、空間として成立させるだけのプロポーションや構造をひたすら調整したのだろう。東京工業大学Hisao & Hiroko Taiki Plazaは斜面により視線の連続性を確保する。共愛学園前橋国際大学5号館は4隅の開放性や流動的な廊下(のような空間)でキャンパス内を接続する。流山おおたかの森S・C FLAPS・南口都市広場は見方によって同じ形が対照的な意味づけを持つことが意図されており、脱目的的な作り方に共感する。皇居外苑観照はオフィス街や東京のランドマークとの関係から生態系への影響に至まで実に広範囲の影響関係が考慮されている。デザイナーが指摘している通り皇居は世界都市の中心地としては珍しいくらいに夜の闇が残っている場所ではなかろうか。全てを煌々と照らして明るみに晒すよりも、闇と月明かりがぼんやり混じり合っている方が日本的だという感覚はそれなりに共感されるのではないかと思う。照らす要素を石垣などに限定しているのはそういうことだろうか。

 

後半は木造特集である。冒頭の記事木造と地域の持続性は、日本の住宅や建築産業と林業の関係が丁寧に解説されている。林業は多くの時間と資本を要する産業であり、直近の木材需要を増やせば潤うという単純な話ではない事がよく分かる記事である。林業が存続するには、植樹から出荷までの供給システムが必要とされ「続ける」ことが不可欠なのだ。

林業を循環させる方法は①従来通り大きな投資が回収できるシナリオを作るか、②発想の転換で小さな投資で循環できるシステムを作るか、③諦めて回収の見込みが無いまま投資するの3つしかない。採算の合わない産業は補助金頼みの③になりがちであるが、基本的に補助金はその産業が何とか維持できる規模でしか支給されない。そのため補助金に頼っても自転車操業からは抜け出せず、①や②に向けた試行錯誤もできないためさらなる補助金頼みになって行く。

もう一つの課題として、増加する大径材の存在が指摘されている。すなわち、欧州と違ってエネルギー革命が遅れた日本では、戦後に(おそらく住宅供給を見越して)大量の杉などが植えられた。しかし、外国産の木材が大量に輸入されたり、近年では住宅の建設数そのものが落ち込んだりしている。そのため出荷の時期を迎えた樹木が伐採されずに放置されている。直径が30センチを超えるまで樹木は、住宅用の規格に合わせて木材を取るには効率が悪い。これらの大径材をいかに使いこなすかもこれから考えて行かねばならない問題である。

打開策としては「地場の設計者と工務店が木をよく見て無駄なく使いましょう」という至極真っ当というか何というか。結局は魔法の一手に期待するんじゃなくて、地道に底上げして積み重ねるのが一番ということみたい。欧州が上手く行ってるのは多世代の樹木を揃えてうまく使いこなしているからだそうだ。

 

その文脈に正面から挑んでいるのがバウマイスターの家である。今月は住宅特集も木造特集であるが、そちらではなくあえて新建築の表紙と木造特集の筆頭を飾るだけの社会的意義があると言う事だろう。

資源を上手く利用するという視点で考えさせられたのは木曽町役場である。公共建築における地元の県産材の利用などでは常識になりつつあるが、ここでは地域に頻出する軸組が、民意を醸成・抽出するための議論をもたらす枠組みに昇華されている。表層的な地域主義・構造表現主義ではなく、社会的知的資本のような存在を市民に気づかせている点、それが啓蒙的に教授するのではなく、如何に利用・発展させるかを市民とともに考えると言う姿勢が現在的である。大部分を地元の資源で賄った点では白鷹町まちづくり複合施設も共通であるが、こちらは普遍的な技術を用いて規格材を組み合わせることで、積雪地での大規模な取得建築物の建設を可能にすると言う点で、対照的なアプローチである。

She knows Hattoriによる2作は木造ならではの工芸のような構築物でゲニウス・ロキを最大限に可視化史ようと試みているように見える。Pangeaはひとつ一つ向きが異なる部材同士の集まりを構造シミュレーションによって成り立たせている。今は選手村ビレッジような仮設建築物やゾナー那須POKOPOKOといった宿泊施設などで限定的に実践されている試みの段階かと思うが、普及するのは時間の問題であるように思われる。技術が発展した時に構造表現主義が流行するのは古今東西で枚挙にいとまがないが、資源の循環やサプライチェーンとの連関などを可視化する試みも必要だろう。CLTのマザーボードを歩留まりよく活用するための折半構造を用いたTBMも同様である。その点、meet tree NAKATSUGAWAはCLTの使用を屋根だけに限定することで、申請のハードルが低い4号建築となり、敷地や用途と構造計画の整合性が取れることなどが良いと思う。緩やかに場を規定するCLT屋根と、具体的な人の動きを誘導する什器の対比も良い。特別な技術を使わないアトリエ事務所ならではの開かれた作品だと思う。