建築の7燈
工業化が進む19世紀後半に書かれた本だが、ここで提示された建築の7原則は、今日にまで影響を与えているように思う。というか、今日のいわゆる建築作品に通底する基本的価値観は、本書が決定付けたのではないかとすら思える。
ラスキンが提示した7つの燈は以下のとおり。
- 犠牲の燈・・・建築は神に捧げるものでなくてはならない
- 真実の燈・・・素材や構造を隠蔽しない
- 力の燈・・・神の力と調和し、神から与えられた人間の力を行使する
- 美の燈・・・自然から学んだ装飾を用いる
- 生命の燈・・・人の手によってつくる
- 記憶の燈・・・人の記憶を伝える
- 服従の燈・・・国や文化、信仰を体現する
これらが後世に与えた影響は、2つに大別されるように思う。
ノスタルジー
手仕事の評価、というよりはそれが導く機械化への抵抗。当時のイギリスでそれなりに共有されていたと思われるこの感覚を明快に文章化した。
この理念は自然を模した装飾を重視する姿勢と融合してウィリアム・モリスに継承され、アーツ・アンド・クラフツ運動に継承される。
本質
犠牲の燈での主張は、要は(完全なる存在である神が創造した完全なる)宇宙の法則を可視化せよ、ということである。建築と単なる建物との違いは「世界を成り立たせている本質のようなものを可視化しているかどうか」であるという考えである。自分としても完全に同意する。
それを近代特有の状況に敷衍したのが真実の燈、つまり素材と構造は適切に用いられ、またそれらをあるがままに表現すべしという価値観である。これは表現するに足りるように素材を選び、構造を構築するという現代の価値観そのものである。
美に対する価値観は自然を模するというある意味では古来からの価値観を借用したもので、新規性はないが、手仕事への賛美と結びついて後世に与えた影響は既に書いた通り。
記憶を伝えること、国や文化を体現することも、現代に続く建築の価値観である。
このように、近現代の建築に広く共有されている価値観が形作られていたであろう時期に、それらを明快に文章化した事にこの本の価値があると思う。
また、それらの価値観は、元はと言えば新しい素材や構法に対するアレルギーである。新しいものに対する拒否反応が物事の本質を突き詰めるきっかけになっているのが面白い。