建築再生日記

建築を見たり読んだり聞いたりして、考えたことを記録するメモ帳

ルイス・カーン建築論集

ルイス・カーン建築論集 (SD選書)

西洋の文化は,世の中は単純で美しい法則で動いているという信仰に基づくギリシャ哲学と,世界の創造主を前提とする一神教キリスト教)のハイブリッドだと思っている.言い換えれば,ギリシャ哲学とキリスト教を両輪として「全知全能の神が作った究極に合理的な宇宙の法則」を追求してきたのが西洋の科学・歴史だと思っている.

その意味で,カーンの建築思想は正統的西洋的世界観に基づいた建築観であるように思えてくる.カーンがクリスチャンだったかどうかすら分からないけれど,「宇宙の真理を知り,その合理的で美しい唯一の法則を感じ取り,自分も世界を記述する」と言う思考はギリシア哲学的かつキリスト教的な世界観に裏付けられた創作活動に特徴的な姿勢だと思う.世の中には真理があることを信じていて,建築を通して心の中にしか存在しないイデアを実在に置き換える事が目指されている. *1

そういった部分を最も強く感じさせるキーワードが元初(beginnings)である.カーンの建築思想で最も重要な概念であり,これをこそカーンは追及し続けてきたのではないかと思う.DNAのようなものと捉えたら良いだろうか,注釈にはこうある.

元初(beginning)とは単なる出発点(start)ではなく,ある事柄の始まりであると同時に初めから支配しているものである.

 

藤本壮介がカーンが好きと書いていた文章をどこかで読んだ記憶があるが,ひとつの原理を展開させて全体像を作る彼の形式的な発想は,カーンの言う元初のようなものだとみなす事ができるかもしれない.ただ,藤本さんは原初的(primitive)と言う言葉をよく使う.これはカーンの元初(beginning )よりは人間が洞窟に住んでいた時の記憶とかに近い気もする.

 

カーンが根源的なものを追及していた事を窺わせる言葉が他にもある.光(light)沈黙(silence)は,末尾の解説によれば,光とは「存在としての存在(自然の事象)」であり,沈黙は「表現することとして在らんとする願望(人間の事象)」である.*2

光は沈黙へ 沈黙は光へ(Light to Silence, Silence to Light)とあるように,光と沈黙は2つでセットで意味をなす.脚注にはこうある.

物質の中の美は驚異とその後の知に置いて了解される。了解される事で美を表現したいと言う願望に変換される。この2つの移行が交錯する場所が閾である。「自然はルームを作りません」とあるように、宇宙の原理に感動して美を表現したいと願う人間の感情と創造を重視している。

要は「人間が自然を見て美しいと感じるのは宇宙の真理に触れたからであり,それを理解して使いこなすことで美しいものを作りたい.また,その事によって宇宙と1つになりたい」という人間の根源的な,そして人間に固有の(とカーンは考えていたと思う)願望そのものである.*3

この願望を満たす媒介としてカーンは建築を捉えていたのではないだろうか.内藤廣さんが「デザインは翻訳だ」と言っていたけれど,カーンにとっての建築は,神の意思たる宇宙の法則を翻訳する作業なのかも知れない.

 

このように,カーンの建築観は

  1. ギリシャ哲学とキリスト教を背景とした,創造主によるシンプルで美しい秩序への信仰
  2. その秩序への感知と,その秩序を理解して正しく運用することで表現すること,またそのことで宇宙と1つになること*4

という点に特徴がある.

「秩序を表現する」とは,目に見えないものを目に見えるようにするということである.目に見えないものとは精神的・概念的・理想的なものであり,心(mind)の中にあるものである.目に見えないものとは身体的・実在的・現実的なものであり,現実の世界にあり実際に触れうるもの(the tangible)で会う.カーンは前者を存在(experience )と,後者をプレゼンス(presence)と表現する.

 

 

そういった世界観を持つカーンにとって,建築やデザインとは「心の中にしかない存在にプレゼンスを与える作業」なのだ.*5*6

カーンの言葉を借りれば,デザイン(design)とはプレゼンスへと向かう事であり,フォームを存在へと導くこと.フォーム(form)とは不可分な構成要素のリアライゼイション・統合であり,本性のリアライゼイションである.*7フォームを具体の形に還元したものがシェイプ(shape)である.

 

そのような方法論に基づいて具体的に建築を作る手法として一番基礎になるのが,ルーム(room)の概念だ.

「ルームは建築の元初でした(the room was the beginning of architecture )」

「平面図はルームの共同体である(a plan is a siciety of rooms)」

と言っているように、建築の単位みたいなもの.篠原一男が日本の建築が分割型であったことに対して西洋のそれを連結型であると分析していたことを思い出す.また、パンテオンを例にあげながら

「自らの広がりと構造と光をもつルームのなかで、人はそのルームの性格と精神的な霊気に応答し・・・」

と言うように、スケール、光、構造(形状)が重要な要素である.

 

 

ちょっとここで力尽きたので,他のキーワードをメモ.

ジョイ(joy):創造の本質(essence of creativity),創造の力(force of creativity),湧出するもの(ooze) 

心(mind)、頭脳(brain):心は直感の所在地であって,頭脳は道具.

リアライゼイション(realization):本性であるフォームのリアライゼイション.

アヴェイラヴィリティ(availability):人々の表現衝動の達成を可能にさせる,本体の適用性,有用性.人が生きる意味を表現と考えている.

インスティチューション(institution):直訳は施設、制度.フォームにその現れとしての元初的意味が賦与されたもの.

表現することとしてあらんとする願望(desire to be / to express)

 

(読書時間:10時間)

*1:オーダー:自然界の原理.あるものの本性.

*2:沈黙(silence): 表現者、測りうるもの、表現しようとする意志(desire to express )、出現せんと望むもの。ピラミッドを通過する時に人が得る、ピラミッドがいかに作られたか(何かそれをあらしめたか、ピラミッドの形成を引き起こした力が何であったか)を自ら告げようとしているのを感じるような感情。表現することとして在らんとする願望(desire to be / to express )ともある.

*3:ちなみに沈黙の本質的な性質の一つとして指摘されているのが共同性(commonality):人が所有権を主張できず,すべての人に属するものである.

*4:根底的なインスピレーション(foundamental inspilation ):沈黙と光が出会う閾における元初の感情。

*5:そして,その作業で最も重要な要素が,カーンが「全プレゼンスの賦与者」という文字通りの光だ.

*6:あるものにプレゼンスを与える際に<自然の摂理>を必要とする.従って素材の特性を聴く事は必須となる.

*7:「イグジステンスをもつが、プレゼンスを持たない」とあるように、心の中にあるもの.